中国共産党政府との関係を見直そう(131)。共産主義社会はこの世の地獄だ。

産経新聞に連載中の「石平氏の『話の肖像画』❿」(8月10日)より引用させていただきます。石平氏が中学生時代、文化大革命のときの出来事だったそうです。

《成都などの都市では「反革命分子」などと決めつけられた人たちの公開処刑が日常的に行われていた》

「反革命分子」「階級の敵」などといっても、ほとんどが言いがかりや、取るに足らないことがきっかけです。それに対して、当局が公判大会を開き、無理やり「罪」をデッチ上げるのです。僕が覚えているのは、公開処刑になったあるおばあさんのこと。成都の中学校に通っていたときです。近所でゴミ拾いなどで、かろうじて生活していたおばあさんが処刑された理由は、何と、ダイコンを毛沢東の写真が載っている新聞紙で包んだことでした。公判大会は、国慶節、共産党創建の日などの前に行われます。成都ではそんな日に数十人もの人が処刑されました。自分の名前の上に死刑囚を意味する赤で大きなバッテン印をつけられた看板を、首からぶら下げた罪人はトラックの荷台に乗せられ、人民たちが見守る中をゆっくりと進んでいくのです。見守る群衆には、恐怖心とともに、異常な興奮が巻き起こっていたように思います。古代ローマ時代の為政者は、民衆をコントロールするすべとして「パンとサーカス(娯楽)」を与えたと言いますが、中国共産党の公開処刑も、それと同じ効果を狙っていたのではないでしょうか。つまり、共産党に楯突いたらこうなるぞ、という恐怖心を植え付けるとともに、閉塞した日々の暮らしのストレスを発散させる手段、“ガス抜き”として公開処刑の殺人ショーを行なっていた。国慶節の前には特別な豚肉の配給などもあったので、まさに「パンとサーカス」でした。

今の中国国内の実情はあまり報じられることがありません。それでも伝えられる数少ない情報によれば、文化大革命の時代も今も変わっていないようです。世界は中国共産党の変化を期待し、惜しみなく援助を行なってきたのですが、期待はみごとに裏切られました。それは共産主義について無知だったからとしか言えません。共産主義は常に悪魔のように凶悪です。

宮家邦彦のWorld Watch より「まず驚いたのは東京五輪開催に対する当地での評価の高さだった」

8月12日付産経新聞のオピニオン欄『宮家邦彦のWorld Watch』によれば、東京オリンピックに対する世界の評価は日本のメディア報道とは全く異なるようです。

本稿は10日未明のワシントンで書いている。17ヶ月ぶりの米国出張だが、まず驚いたのは東京五輪開催に対する当地での評価の高さだった。日本では有力紙社説が「五輪中止」を求め、海外メディアにも「酷評している」などと報じられたが、それは事実と違う。少なくとも当地ワシントンに関する限り、「良かった」「よくぞ開催した」といった声がほとんどで、多くの海外メディア報道も同様だった。内容を例示しよう。

▲日本の五輪主催は正しかった。新型ウイルスとの共存の可能性を勇敢に示した(米外交専門誌デイプロマット)

▲東京五輪はコロナに打ちのめされた人々への救いだ(英フィナンシャル・タイムズ紙)

▲東京2020の勝利はロジスティックスの勝利(米国で活躍するジャーナリストのファリード・ザカリア氏)

▲まだ東京五輪の中止を主張するのか。選手たちは日本の五輪主催に涙しているのに(フィリピンのメディア)

▲困難の中での五輪開催だったが、少なくとも日本は心からの感謝に値する(英タイムズ紙)

あのワシントン・ポスト紙でさえ「東京五輪には批判もあったが、その後少なくとも部分的には改善した」と報じた。少なくとも、五輪で新型コロナウイルス感染拡大などという批判はない。「海外メディアからは“ワースト・エバー”(史上最悪)」などと書いた日本語記事もあったが、調べて見たらネタ元はカナダ地方紙のコラムだった。これで海外メディアが「酷評」などと書くのは如何なものか。