今、注目の共産主義について考える(99)。北鮮帰還事業(22)。楽園を装った地獄の使者からの招待状。

2006年11月の『中央公論』に、北朝鮮への帰還事業について「旧ソ連極秘文書から読み解く、北のシナリオと工作」と題する、菊池嘉晃・読売ウイークリー記者の記事が掲載されています。

この中で、1958年7月14日、金日成首相と北朝鮮駐在ソ連臨時大使との会話の一部が紹介されています。(帰国事業が始まる1年前です)

金日成首相(当時)の発言。

「我々は、日本在住のすべての同胞が自らの祖国に帰ってくるよう勧めており、この問題について日本政府と合意に達したいと希望している。この点について我々は近く声明を出す。共和国に帰って来た全ての朝鮮人は、住居と仕事、全ての政治的・経済的な権利を得、彼らの子供たちは共和国の学校、大学で教育を受けるようになることを強調するつもりだ」

「今は、彼ら全員を共和国に帰還させることが重要である。2〜3年前、我々の経済状態では、日本に住む朝鮮人約10万家族(世帯)を共和国に帰還させ、住居と仕事を与えることを提起できなかった。現在、我々はある一定の期間内に、これらの家族に仕事とアパート10万室を与えることができる」

「平壌やその他の地方では、産業部門、特に石炭業、そして農業においても労働力の不足が感じられるが、彼らにそうした場所で住宅建設や産業建設の仕事を与えることができるだろう」

「我々は大きな政治的意味を見出す。実現すれば、共和国に政治的・経済的に大きな利益をもたらすだろう」。

北鮮帰還事業の実現にソ連の協力を求めての会談だと思いますが、ここに日本のマスコミが報じた「地上の楽園」の原型がすべて述べられています。帰国朝鮮人すべてに住居と仕事を提供するとか、子どもは学校・大学までの教育を受けることができるとか、10万室のアパートを短期間で建設するなどなど、日本で地上の楽園と宣伝された内容がここで言及されています。

全ての在日の朝鮮人を帰国させることが「政治的・経済的に大きな利益」を北朝鮮にもたらすとの金日成の判断によって北鮮帰還事業が計画され、その計画を成功させるためには、地獄である北朝鮮を地上の楽園と装う必要があった。日本の朝鮮総連はその帰還運動の主導的役割を担わされ、日本のマスコミや左翼団体・政党を巧みに使いあるいは騙し、日赤と日本政府を動かして“北鮮帰還事業”を実現させた。日本ではこの「楽園への移住」に躊躇するものは少なかった。しかし結果は“北朝鮮帰還事業“は「悪魔の使者からの地獄への招待状」であったということです。

今、金正恩氏から和平への招待状が届いていますが、全世界を巻き込んだ「第二の悪魔の使者からの地獄への招待状」であることも考えられます。なぜなら、北朝鮮はチュチェ思想・共産主義思想を放棄したわけではありません。核・ミサイル・拉致・北鮮帰還事業問題の解決、さらにはチュチェ思想の放棄、真の和平に向けて今後の安倍首相の働きに期待したいものです。

今、注目の共産主義について考える(98)。北鮮帰還事業(21)。解決が待たれる、日本人約6800人を含む北朝鮮帰国者9万3340人の人権問題。

北朝鮮帰還事業とは何だったのか?これについて坂中氏は、

「北朝鮮帰還事業とは何だったのか。歴史的背景は、最近ようやく明らかになって来ました。在日の朝鮮人が日本から北朝鮮に帰るという動きは朝鮮戦争が休戦になったころから散発的にありましたが、それが大きなうねりになってくるのは、北朝鮮の金日成主席の指示に基づいて、在日朝鮮人の団体である朝鮮総連が動き出した1958年からです。北朝鮮が帰還事業を進めた思惑には、大きなものとして二つあります。一つは国内の労働力不足を補うということ。もう一つは当時の東西冷戦構造の中で、政治的な成果、つまり資本主義の日本から、韓国ではなくて、共産主義の北朝鮮に大勢が帰ってきたという成果を上げようということでした。日本側にも、治安上や財政上の理由から“厄介払い”をしたいという意図があったのは事実でしょう。当時の日本は高度経済成長の前ですからまだ貧しく、在日韓国・朝鮮人には就職口がほとんどなくて、差別も激しかった。そんなな彼らが、何ら展望の開けない日本にいるよりは、祖国と仰ぐ北朝鮮へ行こうと考えたのは当然です。北朝鮮や朝鮮総連の宣伝にのって、日本のマスコミも『地上の楽園』などと、社会主義幻想をふりまいた。そうしたさまざまな事情がなければ、9万数千人もの人が、相対的には豊かな日本から貧しい北朝鮮へ移住するなどということは考えられません」。

「私は、あの時代に北朝鮮に憧れて帰っていった人たちを一概に批判するわけにはいかないと思っています。すさまじい『帰還』ブームが在日朝鮮人社会全体を覆い、北朝鮮に向かう『人の大移動』が起きたのです。勢いのおもむくところに従い、朝鮮総連の熱心な活動家が率先して帰国し、そして真っ先に殺されてしまった。帰国問題の本質は、何と言っても、北朝鮮に行った帰国者に対する残虐な人権弾圧にあります。帰国に至った経緯よりも、祖国北朝鮮で受けた不当極まる処遇のほうが格段に重大な問題です」。

帰国者の数は「9万3340人。その中には約6800人の日本人が含まれています。結果的に、彼らは北朝鮮の『人質』となり、日本に残った家族・親族は、金をよこせとか、場合によっては拉致などの犯罪に協力しろとか、さまざまな脅迫を加えられてきました」と述べています。

北朝鮮への帰国運動がもたらした悲劇が次々と露わになりました。日本政府・安倍政権は拉致問題とともに、日本人妻を含む北朝鮮帰国者の人権問題を解決しなければなりません。坂中氏が主張されるように、彼らの日本への再帰国に備え、日本で受け入れ体制を整えることも考える必要があるのではないでしょうか。