今、注目の共産党について考える(13)日本共産党の日本人民共和国憲法草案

日本人民共和国憲法草案の前文に「ここに我らは・・・人民共和政体の採択を宣言し、この憲法を決定するものである」と書かれています。日本人民共和国の人民共和政体とは一体どのような社会なのだろうか。それは当然、日本人民共和国憲法草案に書かれている統治原則にもとづく社会ということになります。その日本人民共和国憲法草案のなかで、第一に挙げられる特徴は「天皇制はそれがどんな形をとろうとも、人民の民主主義体制とは絶対に相容れない。天皇制の廃止」ということです。天皇制は廃止する、いかなる形での天皇制も認めないと言明しています。共産党の独裁者がその地位に就こうということでしょう。第ニ番目は「寄生地主的土地所有制度の廃絶、財閥的独占資本の解体」であります。このことは日本人民共和国憲法草案第4条「日本人民共和国の経済は封建的寄生的土地所有制の廃止、財閥的独占資本の解体、重要企業並びに金融機関の人民共和政府による民主主義的規制にもとづき、人民生活の安定と向上とを目的として運営される」とあります。土地の私有は廃止され人民共和国政府に接収されるということです。農地も然りであります。ロシア革命では接収に反対する多くの農民が『反革命』の名の下に虐殺されました。またあらゆる企業が日本人民共和国政府によって国有化、公有化されることになります。銀行も同じく国有化されます。土地や資本財、個人資産などが革命後に日本人民共和国政府によって強制的に取り上げられ、強制移住させられるなど、その過程において想像を絶する惨劇が生じることになります。共産革命によって多くの血が流されてきたのは歴史的事実であります。日本人民共和国の共和政体とは革命政府による日本の歴史・伝統・文化の否定であり、また強制的な国有化、公有化であります。この過程で悲惨な歴史が刻まれることは容易に想像できます。そして共和政体とは共産党の独裁であり、一度独裁が確立されると、それは永遠に続いていくことになります。

今、注目の共産党について考える(12)日本共産党の日本人民共和国憲法草案

日本人民共和国憲法草案第9条に「人民は民主主義的な一切の言論、出版、集合、結社の自由をもち」とあります。一見すると自由が認められていると錯覚しますが、どっこい、その騙しの手口にはのりません。自由が認められるには前提があり、共産党の定義する『民主主義的なもの』に限られるということであります。結局自由はないということです。社会主義を否定したり、それを脅かす自由は認めない。認めないどころか『反革命』として弾圧するということです。例えば信教の自由について、ウキペデイアではソビエト時代に起こった出来事について、次のように書いています。「ソビエト連邦政府は無神論を掲げて全宗教を弾圧していた。・・・ロシア正教会においては、・・大規模な記念碑的大聖堂が爆破・破壊されていき、各地の小さな聖堂も破壊されるか、世俗的な目的のホールに転用されるかした。ソロヴェツキー修道院は強制収容所に転用されていた。人的弾圧・被害も甚大なものがあり、1921年〜23年にかけて、主教28人、妻帯司祭2691人、修道士1962人、修道女3447人、その他信徒多数が処刑されたとする文献もある。日本正教会の京都主教を務めたことのあるベルミの聖アンドロニクは、生き埋めにされてうえで射殺されるという特異な最後を遂げたことで知られている。こうした弾圧は長きにわたって続いた」と記されています。日本人民共和国憲法草案の第10条「反宗教的宣伝の自由」という条文が適用されれば、日本人民共和国においてもソ連で行われたことと同じことが起こることになります。最近日本のマスコミでも中国における宗教弾圧の様子が多少なりとも報道されるようになりましたが、悲惨極まる実態であります。日本共産党の日本人民共和国憲法草案を読んでいくと、騙しのテクニックを駆使しているとしか言いようがありません。