日本国内での拉致監禁拷問事件について考える(8)。想像を絶する残虐行為、拉致監禁はなぜ野放しにされてきたのか?「人権」は政治・思想・宗教の違いを超えて人間に付与された「普遍的価値」である。
高澤牧師裁判(「鳥取教会襲撃事件」)の尋問調書から拉致監禁の動機と手口について調べてみました。
A: 1996年(平成8年)1月23日付の第一回尋問調書
B: 1996年(平成8年)3月26日付の第二回尋問調書
(C: 1996年(平成8年)5月21日付の第三回尋問調書
D: 1996年(平成8年)7月9日付の第四回尋問調書
④、拉致監禁の実行
高澤牧師は、信者の家族が信者を監禁場所に連れてくることを「連行」と表現しながら(Aー50頁4行)、監禁された信者はまず逃げようとすると証言しており( Cー35頁3行〜4行)、信者本人の意思に反して監禁場所に連行していることを認めています(Cー46頁117行〜47頁9行)。
また、大半の親が、子である信者を拘束する際、嘘をついて実行していることを認めています(Cー48頁8行〜49頁5行)。
高澤牧師は主尋問で、監禁場所に信者を連行するのは、信者の両親・家族であると答えました。ところが、反対尋問では、信者を拘束する際、高澤牧師が家族たちと何回か一緒に行ったことを認め(Dー35頁10行〜12行)、具体的に2件の事例に対し、その理由を説明しています(Dー35頁137〜38頁1行)。
1件目は、娘2人が家庭連合信者であった事例で、親がそれぞれの娘に対し3回ずつ、計6回のt拉致に失敗していたため、高澤牧師が拉致を行なっています。
2件目は、妊娠3ヶ月の妊婦を拘束した事例です。流産したらいけないので、高澤牧師が出向いていったと言います。しかし、妊娠3ヶ月はまだ安定期に至っておらず、流産の危険が極めて高い時期です。高澤牧師は、拉致された信者がパニック状態に陥り(Cー47頁10行〜12行)、逃げようとすること(Cー35頁3行〜4行)を十分承知しており、本来なら、親族が拉致監禁に及ぼうとしても、むしろそれを止めに入るべきです。にもかかわらず、単に「居場所が分かったから」という理由で拉致に及んだのは(Dー37頁9行〜10行)、母体と生まれてくる命に対する配慮を全く欠いた行為であると言わざるを得ません。