ロシアによるユダヤ人迫害についてー『坂の上の雲』(司馬遼太郎)より

日露戦争時、ユダヤ人金融家ヤコブ・シフ(全米ユダヤ人協会会長)が日本の公債をなぜ購入したのか?ヤコブ・シフの協力がなければ日本は戦争を遂行することができなかったことがわかりましたが、なぜ日本に協力したのか?その背景は?われわれには考えられない事情がありました。このことが『坂の上の雲』に紹介されています。これを読むと、ロシアにおけるユダヤ人迫害は想像を絶する残忍さであったことがわかります。以下一部引用します。

「深井英五(高橋是清の秘書役)は、ロンドンの金融筋にあたってヤコブ・シフの経歴をしらべた。さらにロシアにおけるユダヤ人迫害問題をしらべた。知るにつれて、身の毛もよだつほどに深刻な問題であることが分かった。その歴史は古く、16世紀のイワン四世のころから顕著にあらわれている。イワン4世は、ユダヤ人をキリスト教徒にしようとした。ユダヤ人はそれをきらった。拒絶した者はことごとく川に投ぜよ、という勅命がくだり、役人たちはそれを実行した。19世紀の後半になるとこの迫害はひどくなり、残忍を極めた。ヤコブ・シフは全米ユダヤ人協会会長としてこの事態に対しできるかぎりの手を尽くした。英国をはじめ各国政府に嘆願したが、内政干渉になるためどの国の政府も消極的であった。ヤコブ・シフは、個人としてロシア政府に金も貸した。『金を貸すから、どうかユダヤ人をユダヤ人であるからといって虐殺することはやめてくれ』と、たのんだ。ロシア政府は借りた当座はその迫害の手をゆるめたが、一年も経つともとにもどった。ヤコブ・シフは何度も金を貸したが、ついにかれは帝政ロシアというものの体質に絶望した。『革命がおこらねばだめだ』という信念をもつようになった。帝政ロシアが、どの国よりも豊富にもっているものは、反逆者であった。ロシアの帝政をくつがえそうとしている連中は、ロシアに征服されたポーランドやフィンランドの独立党をふくめて、その会派だけで百をこえるであろう。ヤコブ・シフは、おそらくその連中にも資金援助をしたことがあるにちがいない。そういうなかで、ロシアの内政のどういう革命党や独立党よりも強力な力で立ち上がったのが、日本の陸海軍である。どういう革命党よりも命しらずであり、組織的であり、強力であった。 日本が、ロシアの帝政をたおすにちがいない。とヤコブ・シフは思った。たとへ日本が負けてもいい。この戦争で帝政ロシアは衰弱する。それが、ヤコブ・シフの日本援助の理由であった。『世界は複雑だ』と、深井英五はおもった」。 

「かれ(高橋是清)はヤコブ・シフが『ロシアにおけるユダヤ人を救うために日本を応援するのだ』といったとき、すぐその理由が、ごく現実的なものであることを理解することができた」。

以上。