(4)戦後最悪の人権侵害、拉致監禁事件に深く関わる人たち。ー伊藤芳朗弁護士の陳述よりー

一組になってやっていたというと、具体的にはどういう関わりだったのですか?

色々なパターンがありましたが、宮村氏の手配で拉致監禁を行い、監禁中の信者に対してさんざん罵って、信者が脱会すると言明した後、松永牧師合致担当するといったパターンが多かったと聞いています。

宮村氏のやり方に疑問を持たれたのは、伊藤弁護士だけでしたか?

伊藤弁護士:  被害弁連ではヒーローみたいになっていましたが、脱会に関わる牧師さんたちからは相当疎まれていました。80年代終わり頃に荻窪栄光教会を追い出された頃から、「何故あんな男を仲間に加えているんだ」という話はずっとあったようです。人目を憚ることなく堂々と宮村氏と付き合っていたの牧師は松永師ぐらいでした。他にも神戸の高澤牧師とか、宮村氏と付き合っていた牧師はいたと思いますが、表立っての付き合いではなかったです。日本基督教団(プロテスタントの国内の組織では最大教団。86年以降、教団あげて「統一教会員の救出」に取り組んでいた)の牧師さんの中にも、宮村氏のことをよく思っていない人たちがいて、そういう人たちに話を聞くと、「あれはやりすぎだ」とか「私は宮村氏がやるようなことまでは家族にやらせていない」とか、そんな話が聞こえてきました。それで、宮村氏のやり方は信者への扱いが乱暴であることがはっきりしてきました。

その牧師さんたちの名前は?

伊藤弁護士:  杉本牧師、川崎牧師や吉田牧師だったと思いますが。

〈杉本誠氏は、愛知県岡崎市の西尾教会の牧師。山崎浩子さんの脱会説得に成功した牧師として有名になった。川崎経子氏は、この当時、山梨県都留市の谷村教会の牧師。その後、長野県小諸市に開設された「いのちの家」の所長。吉田好里氏は、日本基督教団に所属する新松戸幸谷教会の牧師。1999年、現役教会員・今利理絵さんが戸塚教会牧師の黒鳥栄氏と当時太田八幡教会牧師の清水与志雄氏を相手どって、拉致監禁を訴因とする損害賠償を請求する民事裁判を提起しました。それに対抗するために、日本基督教団の牧師が中心となって「黒鳥・清水両牧師を支援する会」が組織された。吉田牧師は同会の事務局長を務めた〉

どちらにも取材したことがありますが、杉本牧師は「宮村氏の保護(拉致監禁)説得は乱暴すぎる。僕の場合は、できるだけ信者を傷つけないように、場所は民宿の1階か2階で行なっている。むろん玄関、窓に中から外に出られないような鍵はかけない。宮村氏は南京錠だから」と話していました。川崎牧師は乱暴さに加え、宮村氏の女性問題のことも非難していた。それで思い出したのですが、前に取材したとき、女性問題のことも話されていましたね。

伊藤弁護士:  TYさん(「青春を返せ」裁判の原告)の父親が宮村氏の家に乗り込み、「娘の脱会は頼んだけど、あんたに娘を情婦にしてくれと頼んだ覚えはない」と怒鳴り込んだという話でしたね。

私が被害弁連に関わるようになった頃か、それ以前の話です。被害弁連や元信者の間では有名な話でした。父親が怒鳴り込んだとき、宮村氏の家に元信者がいたもんだから、噂はあっという間に広がったようです。

前にも聞きましたが、TYさんは山口広弁護士やっている全国弁連で、そこの事務職員をやっているSさんと同一人物でしたよね。これは宮村氏にも確認したことですが。

伊藤弁護士:  ええ、そいです。今でも全国弁連で事務をさせられているかは存じ上げませんが。

ところで、宮村氏が違法性の強い脱会方法をとっていることに、被害弁連で声を上げられたことはありますか。おそらく、表立ってなされたことはなかったと思います。当時は、統一教会と闘うことがメインで、内部問題を公にすると、内部矛盾が噴き出し、組織がガタガタになる。杉本牧師が個人的に宮村氏のの暴力性のことを私に話しても、それを公の場で問題にしなかったのも、そういう理由があったからだと思います。

伊藤弁護士:  それもありますし、元信者の要求は損害賠償請求です。悔しい思いとか屈辱的な思いはあっても、脱会の方法を問題にする人はいませんでしたから。そうした理由に加え、元信者から拉致監禁の話は聞いても、私が直接、拉致監禁の現場を見たわけではないことが大きい。

では、一切、口にしなかった?

伊藤弁護士:  コアな弁護士との打ち合わせの場だったか、個人的な場だったかは忘れましたが、山口広弁護士には「宮村氏のやり方は問題だよ」と疑問をぶつけたことがありました。そうしたら、山口さんはこういうのすよ。「伊藤さん、僕たちは信者が辞めた後のことに関わればいいから。辞める前のことに一切関わっちゃいけない」彼はそうしか言わない。狡いと思いましたね。

山口広弁護士は、宮村氏が拉致監禁説得をしていることを知っていましたか?

伊藤弁護士:  もちろん!です。

 

(3)戦後最悪の人権侵害、拉致監禁に深く関わる人たち。ー伊藤芳朗弁護士の陳述よりー

(2)宮村氏と知り合った経緯

宮村氏とはいつぐらいから知り合いになるのですか。

伊藤弁護士:  青春を返せの第一次訴訟が91年。歌手の桜田淳子さんが合同結婚式に参加することがわかった92年から報道合戦が始まります。バトミントンの徳田敦子さん、新体操の山崎浩子さん。週刊誌は毎週、テレビ局は全局が毎日ワイドショーで取り上げるといったすさまじい報道合戦でした。

この頃に、被害弁連内でクローズアップされたのが宮村峻です。当時のテレビ局は、統一教会を脱会した元信者を出演させたいと必死でした。それに応えたのが宮村氏でした。彼は自分が脱会させた元信者をどんどんテレビ局に供給しました。また、テレビ局は、被害事件を解説する弁護士も必要でした。それに対しても、宮村氏は緊密な関係にあった紀藤正樹弁護士(被告代理人山口貴士弁護士が所属するリンク法律事務所所長)を紹介していました。そのうちに報道に火がつくと、紀藤弁護士一人ではてがたらなくなり、私や渡辺博弁護士など何人かが穴埋めするような形で、テレビに出演しました。

つまり、手配師のようなことをしていた。

伊藤弁護士:  まあ今から考えると、そういうことになります。が、凄まじい報道によって、統一教会は苦境に立たされたわけですから、被害弁連からすると、宮村氏はヒーローでしたよ。先の質問に答えると、報道合戦の渦中に、宮村氏を紹介されたわけです。

(3)拉致監禁・強制棄教問題

拉致監禁を媒介とする脱会方法の存在に、いつ頃から気付かれましたか。

伊藤弁護士:  元信者の話を聞くうちに統一教会問題にどっぷりとつかるようになっていった。このことは先に話しましたが、数十人から話を聞くうちに「なんだか変だなぁ。やめるプロセスが変だなぁ」と思うようになりました。

誰だかは言えませんが、今でもはっきり覚えていることがあります。元信者のその女性は、宮村氏の指導で、自分は親兄弟によって拉致監禁された、あの時の悔しさだけは忘れないと、話していたことです。

そんな話がポツポツと聞かれるようになって、宮村氏が常習的にやっている脱会説得の手法は、法的に逮捕監禁に当たるものであることが次第にわかってきました。例えば、現役の統一教会信者を車のバンで後ろから尾行し、隙を見て捕まえて、無理矢理車に連れ込んで、そのまま事前に用意したマンション等の一室に連行して監禁し、信仰を失うまで外に出さない、という方法です。これは、法的には明らかに逮捕監禁罪にあたる違法行為です。

拉致し監禁するバリエーションはそれぞれですが、拉致され、マンションに監禁され、脱会するまで解放されないという点で、元信者の話はいずれも同じでした。しかも、こういう逮捕監禁するときには、宮村氏や宮村氏の意を汲んだ元信者の家族(子どもの脱会に成功した親たち)が現役信者の親族らに事細かく指示してやらせるけれども、宮村氏は直接には関わらないようにしていました。

警察への対応も、マニュアル化されていて、警察が関わってくるようなことが発生したら、これは「親子の話し合いだ」と突っぱねろ、と。親子の話し合いだと言われると、警察はどうしても民事不介入の原則から、踏み込むようなことはできませんからね。

〈この証言は、私の取材とも合致する。脱会説得者たちは相談にやってきた信者家族にまず勉強会で勉強するように指示する。勉強会に参加していく過程で、家族・親族の間で「保護(拉致監禁)説得」の意思が固まると、脱会説得者と個別の相談となる。マンションは4、5階以上、監禁中の食料など事細かに指示するのは、経験者である元信者の親であることが多い。つまり、脱会説得者に逮捕監禁の罪が及ばないように配慮されている。拉致の過程や監禁説得の過程で、警察などに問われると、「親子の話し合いである」と釈明する。いずれも判で押したように同じである〉

具体的に宮村氏が関与した拉致監禁事例で、特に酷いと感じられたものはありますか。

伊藤弁護士:  暴力的な事件はいきつも聞きましたが、人身保護請求が出されて慌てて居場所を移したという話は聞いたことがあります。

担当されたT君とNさんの場合、どうだったんですか。

伊藤弁護士:  T君は自主脱会者です。Nさんの場合、新潟の松永牧師さん(今回の裁判の被告)がメインで、宮村氏がサブという形で、1980年代後半に説得されたと記憶しています。青春裁判は1991年に訴え提起していますが、準備を始めたのは1990年からで、原告はほとんどが1980年代後半に脱会した人たちでした。あの頃は、宮村氏と松永牧師が組になってやっていたはずです。