憲法記念日、袴田巌さん裁判に思う。「袴田巌さんの死刑判決を書いた元裁判官 生前に語った後悔と訴え」

元熊本典道裁判官、一審の主任裁判官として袴田さんの死刑判決を書いた人です。後に「公判当初から無罪の心証を持っていた」と明かし、袴田さんの再審請求を支援しました。2020年死去されたということです。

2007年の静岡朝日テレビに出演されたときの熊本典道氏の話です。

「ある手続きの段階にきたときに、これは無罪にするしかなかろうな」「「主文、被告人を死刑に処す」と言ったとき、彼の肩が落ちたのを・・( 涙)・・それを見てからかな、見る前かな、僕もがっくりきた。その後聞いていないですよ。ずっと彼のこうした顔を今でも覚えていますよ」

「人間が人間を裁くなんて、だいたい不可能なこと」「決定的な証拠はまずない。有罪とするには合理的な疑いがなお残る。くり小刀が12、13㎝ですかね。あんな小ちゃなやつでね、全部4人を殺せるか」「その次に裏木戸、留め金をはめたままで下の方だけねじって、彼がひとり入れるだろうか」「もっと重要なのは動機、かなり現金が現場に残っていましたね。取ってないお金が。それが金欲しさにというのも、僕はピンとこなかった」「僕の心の中ではね、無罪で間違っていないと思うけどね」

2014年3月再審開始決定

記者会見の場で、(2018年静岡朝日テレビ放送)

「私が熊本でございます」(涙)「まさかね、こんなところに、聞いてもらえると思わなかった」(涙)「やっとこの日が来たかと」「無念ですよ」「あの判決書きの表現は後から付けた理屈です。はっきり言えば、それは間違いない。書いた本人がそう言って、四十何年悩んできているんだから」

事件から58年たって無罪判決。

袴田裁判を担当した熊田俊博元裁判官はTBSの報道特集で、

「関わってきた裁判官、検察官、再審請求を棄却してきた裁判官、誤判に関わったということで非常に責任が重いと思います」「私自身は裁判官として関わったので私も責任を取るべき人に入っています」

と発言しています。

無罪と分かっていながら死刑判決を下した裁判官たち。なぜ死刑判決を下したのだろうか。どのような圧力があって極刑の死刑判決を下したのだろうか。ここには最高裁判所の判事たちは全く出てきませんが、一番責任を取らなければならないのは最高裁の判事たちだと思います。いまだに謝罪の言葉もありません。袴田巌氏の裁判を見て感じるのは、憲法で保障された基本的人権を守ろうとしない裁判官や判事たちの姿が哀れであります。三権分立を担うにふさわしくない人たちと断言せざるを得ません。

憲法記念日を迎えて、現憲法の改正を主張する人たち、今の憲法維持を主張する人たち。しかし、いずれにしても憲法を、基本的人権を遵守してほしいものであります。