今、注目の共産党について考える(34)日本共産党解散の勧め

日本共産党は生産手段の社会化について、綱領の中に「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である」と明記し、生産手段の社会化を来たる共産党政権の中心的命題と位置付けています。生産手段の社会化を達成しなければ、共産党が考える社会主義社会は成り立たないということです。しかしその生産手段の社会化はどのようにして達成されるのかについては「人類史の新しい未来をひらく歩みですから青写真はありません。国民が英知をもって挑戦する創造的な開拓の過程となるでしょう」というのみで具体性は全くありません。さらに生産手段の社会化を達成した後にくるという社会主義社会については、それがいかなる社会なのか、これも説明がありません。ただ「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」社会という抽象的表現のみであります。「我々の国は幸せではなかった。この国でマルクスの実験が開始されたが、結局のところ、マルクスの理論など存在する余地がないことが証明された」(1991年ボリス・エリツイン旧ソ連大統領)。これは兵本達吉氏の月刊誌記事より引用させていただきました。人間という存在を考えれば、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」共産主義社会というものは、追いかけても実現できない架空の社会でしかないということでしょう。存在し得ない架空の社会を無理やりに現実化しようとすれば、それは地獄の社会へと変質していきます。生産手段の社会化によって、「能力に応じて働き、労働において受け取る」という、共産党一党独裁のもとでの社会主義社会こそが地獄への入り口なのです。一旦この地獄に入ると自力では脱出できません。従って社会主義社会の次にくるという「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」共産主義社会の建設は永遠に不可能であります。実在しない、実在し得ない架空の社会だから、その社会がどんなところかも説明できず、道筋も示せないのは当然であります。「社会主義などといっても、当の共産党自体がイメージを描けていないんです」というのは元日本共産党幹部の筆坂秀世氏の言です。

今、注目の共産党について考える(33)日本共産党解散の勧め

「生産手段の社会化」ってどいう意味?という共産党員の質問に対する赤旗(2006年4月8日)の答えはこうでした。答え(1)生産者が主役であり、官僚主役の経済体制にならないようにする。答え(2)知恵を出して計画経済と市場経済を結びつける。答え(3)計画経済を統制経済に変質させてはならない。という回答です。これだけでは生産手段の社会化について理解できましたと言えるでしょうか?とても無理です。「生産手段」や「社会化」の定義についての説明は全くなしで、以上の3点について言及しただけです。回答に対する疑問(1)資本主義経済や私有財産を否定している社会主義・共産主義社会で、主役である「生産者」とは一体誰のことなのでしょうか?普通の解釈では「生産者が主役」と「官僚主役の経済体制にしない」という命題は社会主義・共産主義社会では両立できないのでは?疑問(2)「市場経済」と「計画経済」を結びつけるというが、どんな知恵をもってすれば可能なのか?その知恵について全く説明がない。共産党一党独裁の中で市場経済と計画経済を結びつけた経済社会とはどのような社会なのかわかりません。説明もありません。想像もできません。知恵を出す必要があるというだけで、どんな知恵なのか説明もありません。疑問(3)「計画経済」を「統制経済」に変質させてはならないというが、計画経済と統制経済の違いについて説明がない。そもそもどこが違うのか?赤旗の回答(2)では、計画経済と市場経済を結びつけた経済社会を知恵を出してつくるということですので、計画経済を否定しているように思えますが、答え(3)では計画経済を目指しているということになります。どっちなのでしょうか。以上見てくると、赤旗の回答は回答にはなりません。私にはまさに迷回答、ごまかし、としか思えないのですが、質問者は理解できたのでしょうか?「生産手段の社会化」は共産党にとって中心的命題と綱領に明記しているのですから、詳細に説明すべきであります。しかし「この変革は・・・青写真はありません。国民が英知を持って挑戦する創造的な開拓の過程となるでしょう」との赤旗の回答。本当に青写真がないの?バカにしているの?説明しないのは何か理由があるから?政権をとる前に本当のことが言えないから?本当に青写真もないのに社会主義社会が理想だと、よく言えたもんですね。