今、注目の共産主義について考える(98)。北鮮帰還事業(21)。解決が待たれる、日本人約6800人を含む北朝鮮帰国者9万3340人の人権問題。

北朝鮮帰還事業とは何だったのか?これについて坂中氏は、

「北朝鮮帰還事業とは何だったのか。歴史的背景は、最近ようやく明らかになって来ました。在日の朝鮮人が日本から北朝鮮に帰るという動きは朝鮮戦争が休戦になったころから散発的にありましたが、それが大きなうねりになってくるのは、北朝鮮の金日成主席の指示に基づいて、在日朝鮮人の団体である朝鮮総連が動き出した1958年からです。北朝鮮が帰還事業を進めた思惑には、大きなものとして二つあります。一つは国内の労働力不足を補うということ。もう一つは当時の東西冷戦構造の中で、政治的な成果、つまり資本主義の日本から、韓国ではなくて、共産主義の北朝鮮に大勢が帰ってきたという成果を上げようということでした。日本側にも、治安上や財政上の理由から“厄介払い”をしたいという意図があったのは事実でしょう。当時の日本は高度経済成長の前ですからまだ貧しく、在日韓国・朝鮮人には就職口がほとんどなくて、差別も激しかった。そんなな彼らが、何ら展望の開けない日本にいるよりは、祖国と仰ぐ北朝鮮へ行こうと考えたのは当然です。北朝鮮や朝鮮総連の宣伝にのって、日本のマスコミも『地上の楽園』などと、社会主義幻想をふりまいた。そうしたさまざまな事情がなければ、9万数千人もの人が、相対的には豊かな日本から貧しい北朝鮮へ移住するなどということは考えられません」。

「私は、あの時代に北朝鮮に憧れて帰っていった人たちを一概に批判するわけにはいかないと思っています。すさまじい『帰還』ブームが在日朝鮮人社会全体を覆い、北朝鮮に向かう『人の大移動』が起きたのです。勢いのおもむくところに従い、朝鮮総連の熱心な活動家が率先して帰国し、そして真っ先に殺されてしまった。帰国問題の本質は、何と言っても、北朝鮮に行った帰国者に対する残虐な人権弾圧にあります。帰国に至った経緯よりも、祖国北朝鮮で受けた不当極まる処遇のほうが格段に重大な問題です」。

帰国者の数は「9万3340人。その中には約6800人の日本人が含まれています。結果的に、彼らは北朝鮮の『人質』となり、日本に残った家族・親族は、金をよこせとか、場合によっては拉致などの犯罪に協力しろとか、さまざまな脅迫を加えられてきました」と述べています。

北朝鮮への帰国運動がもたらした悲劇が次々と露わになりました。日本政府・安倍政権は拉致問題とともに、日本人妻を含む北朝鮮帰国者の人権問題を解決しなければなりません。坂中氏が主張されるように、彼らの日本への再帰国に備え、日本で受け入れ体制を整えることも考える必要があるのではないでしょうか。

 

今、注目の共産主義について考える(97)。北鮮帰還事業(20)。帰国事業の主犯は在日の朝鮮総連。

先の対談の中で坂中氏は、

「北朝鮮への帰国は、60年、61年がピークで、63年以降はガタッと減ります。しかし70年代の半ばでも、朝鮮総連は各地方本部に人数を割り当てて、帰国させていた。そのころは地方本部にも北朝鮮に帰った人たちの悲惨な状況が伝わっていましたから、人数を揃えるのに難儀した。・・・80年代に入ると、さすがに朝鮮総連も帰国運動の行き詰まりは分かっていたはずですが、忠誠を誓う金日成主席にそれを言うことは絶対できない」と。

また、「帰国者の中でも朝鮮総連の活動家は、帰国者の意見を集めて提言するとか、待遇改善を求めるとかいろんな活動をやったけれども、そのためにかえって睨まれることになった。朝鮮総連の関係者で強制収容所に入れられた人は多い。それと、朝鮮総連の韓議長が帰国運動の名の下に反主流派を北朝鮮に送り、金日成主席が彼らを処刑するという連携ができていた。韓議長に帰国しろと言われると、それには逆らえない状況になっていた」と述べています。

金日成の指示で北鮮帰還運動を熱心に行って来た朝鮮総連。1959年に帰還事業が始まると、金日成の指示で帰国者を集め、多くの同胞を北送した朝鮮総連。生活苦や強制収容所など北朝鮮の悲惨な状況が伝わってきても、金日成に忠誠を誓って、人数を揃えて在日同胞を北朝鮮に帰国させてきた朝鮮総連。北に帰国した人達が「人質」となっているが故に、金日成の命令は日本にある朝鮮総連であっても、恐怖心と相まって、金日成の命令はさらに絶対的なものとなっていったのでしょう。まさに蟻地獄の中にはまった状態です。さらに驚愕したのは、朝鮮総連内の派閥争いに帰国運動を活用し、金日成の権力さえも利用して自らの権力を維持してきたという韓議長に関する坂中氏の指摘であります。 自分の独裁権力維持のために、日本にある朝鮮総連が金日成と結託して総連の政敵を粛清していたとは、とても信じられないようなことであります。

なぜ、北鮮帰還事業という戦後最大の人権蹂躙事件に対して、在日の朝鮮人組織は何故、人権侵害を訴えないのか?不思議に思っていましたが、朝鮮総連がこの人権侵害事件の当事者であるということが、大きな要因であると理解できました。自らの犯罪を、自らが告発できないという事情があったのだと思います。

田氏は少し控えめにこのように述べています。

「たしかに、在日コリアンが声を上げようとしても、向こうに残されている家族に被害が及ぶのを恐れて 、なかなかできませんでした。私の母だけでなく、我が子が辛い目にあっているのはわかっていても、口を閉ざさざるを得ない、そういう人がたくさんいました。北朝鮮に子供を奪われた在日の母親たちは、本当にみなよく耐えたと思います。しかし、耐えてきたのは、別の理由もあって、どうせ日本人に言っても分かってもらえないという思いや、民族的な自尊心というか、帰国運動は自分たちの失敗だから今さら言えないという気持ちもありました」と。

しかし、いかなる理由があろうとも見過ごしていい問題ではありません。在日の皆さんこそが、まず声を上げなければならないのではないでしょうか。