今、注目の共産党について考える(54)。共産党との連携は共産独裁社会への一里塚。

共産党は革命政党であり、普通の野党ではない。このことは今までの拙い検証でも十分ご理解いただけたのではないかと思っています。

そこで再度、民共連携について考えてみます。民進党は共産党と共闘することによって党勢強化を図ろうと考えているのだと思います。しかし民共連携は、その意図に反して共産党を利するだけだということです。そして国民も民進党にそのようなことは望んでいません。今回の都議選の結果を見れば明らかであります。都議選で共産党は19議席に躍進しましたが、民進党はかろうじて5議席確保のみです。獲得票も民進党は激減しました(前回の都議選では約69万票、今回は約38万票)。にもかかわらず今後も「民共連携」を進めようと考えているのなら、もはや民進党につける薬はないとしか言いようがありません。日本の未来のために、民進党の解体を願うのみです。今までの重要な支持母体である労働団体の連合からも見放されようとしています。議員として存在することにのみ心血を注ぎ国益を無視し国民を軽んじる民進党、共産党に利用されるだけの民進党であるならば、もはや存在の理由はありません。

それとも、民共連携こそが今の民進党執行部の目標なのでしょうか。民共連立政権の樹立、そして共産党単独の政権へ移行。もしかしてそれを積極的に望んでいるのではないかとの不安がよぎります。なぜなら、二重国籍疑惑を引きずってきた蓮舫代表ですが、最近では三重国籍(中国籍)疑惑まで浮上しています。鳩山政権時代に蓮舫氏は「華僑の一員として、日中両国の友好と協力の推進に力を尽くす」と語っていたそうです。また平成5年3月16日の新聞報道では「テレビ朝日、新ニュースキャスター決まる。蓮舫さんは『在日の中国国籍の者としてアジアからの視点にこだわりたい』と話した」という記事があります。中国共産党と日本共産党は言うまでもなく盟友です。その日本共産党は日本に共産主義国家を樹立するための戦略として二段階革命路線をとっています。まず第一段階目の革命を成功させるため、利用できる敵(将来は抹殺するが当面は利用する敵)と今倒すべき敵を区別し、利用できる敵はたとえ敵であっても革命という目的を達成するために一時的に利用する。そして革命の二段階目に至ると今まで利用してきた敵は、敵として倒し一党独裁を確立する。これは共産党の戦略であります。二段式ロケットで、二段階目のロケットにエンジンが点火すれば、一段目のロケットは破棄され大気圏で燃え尽きてしまいます。民進党は単に利用できる敵として位置付けられているだけということです。民進党の中に、心ある人がいるのであれば、利用される前に早く解体されてはどうでしょうか。

そしてまた一つ、利用できる敵と位置づけられていると思われるのが大阪の自民党。都構想反対でまた共産党と共闘するのでしょうか。共産党から見れば維新は倒すべき敵、自民党は利用できる敵。このことも心配であります。一部ですでに共産党に取り込まれている人もいます。選挙で共産党票の支援を受けたり、労務提供を受けたり。さらに金銭的支援を受けたり接待を受けたりして利用されているのではとの不安がよぎります。それとも、自民党は共産党を利用すべき敵と考えているのでしょうか。革命政党・共産党を甘くみると大変なことになります。共産党とは明確に一線を画す。少なくともそうであって欲しい。その勇気を示して欲しい。心から願うものです。

今、注目の共産党について考える(53)。共産党創立記念日(7月15日)に思う。

日本共産党の創設はいつなのでしょうか。いかなる目的をもって誕生したのでしょうか。

産経新聞出版の『日本共産党研究』を読んでみます。「日本共産党は1922年(大正11年)、旧ソ連のモスクワに本部を置く『共産主義インターナショナル』(コミンテルン)の日本支部として誕生した」ということです。1917年がロシア革命ですから、ロシア革命5年後ということになります。コミンテルンは世界を共産化することを目的に、ロシア革命2年後の1919年にレーニンによってつくられました。「当時誕生したばかりのソ連は、一国だけの革命政権が、いずれは他の資本主義諸国から包囲されてしまうことを恐れ、諸外国にも同様の革命組織が必要だと考えたのである。このため、各国支部の共産主義者たちは、コミンテルンによるモスクワからの指令と資金提供を受けて、ソ連のための工作やスパイ活動はもちろん、自国の政治体制を内部から混乱させて、いずれは自国でも革命を起こそうと考えていたのだ」(「日本共産党研究」)。

日本共産党が何を目的に誕生したのか。誕生の由来と性格がよく分かります。戦前の日本共産党はコミンテルンから資金提供を受けるとともに、一体どのような指令を与えられていたのでしょうか。「公的な指令は『テーゼ』と呼ばれ」「その『任務』を強く打ち出したのが、1932年コミンテルンが決定した『32年テーゼ』である。ここでは武力闘争による『絶対主義的天皇制打倒のためのブルジョワ民主主義革命』を明確に指示しており、これを『綱領文書』と位置付けていたのが戦前の日本共産党だった」 。「当時の日本共産党の具体的な目的は、スパイ活動を通じてソ連に情報を流し、中国大陸に進出していた日本軍のソ連侵攻を阻止することに加え、中国で進行中だった共産主義革命を支援することであり、いずれもコミンテルンが与えた『任務』だった」(「日本共産党研究」)。

戦前の日本共産党はコミンテルンの指令に基づいて忠実にその『任務』を遂行。結果、国は1925年に治安維持法を成立させ、共産主義者を取り締まるようになっていったということです。「『天皇制打倒』と『共産主義革命』という、まさに国家転覆とほぼ 同義の言葉を綱領に掲げる組織に対し、国が警戒するのも当然だった」(「日本共産党研究」)ということです。

日本共産党は今年党創立95周年として祝賀しております。革命を目的に『共産主義インターナショナル』(コミンテルン)の日本支部として誕生してからの95年間、武力をともなう活動も多々ありましたが、国民に対する一片の謝罪もありません。1922年に武装闘争による天皇制打倒、共産主義革命を掲げて日本共産党が誕生。戦後は一時愛される共産党路線に変更、しかし朝鮮動乱が勃発すると『共産党・労働者党情報局』(コミンフォルム)の指示によって再度暴力革命路線へ転換、それが失敗すると今度は「敵の出方論」に基づく革命路線に転換。このように日本共産党の戦術は国際共産主義の動向や国際情勢などによってめまぐるしく変わってきました。しかし日本共産党の目的である天皇制打倒と共産主義革命は全く変わっていません。過去を謝罪することもありません。日本共産党は95年間、目的達成のために多様な戦術を駆使しながら、一貫して革命政党であり続けているということです。「彼らは『普通の野党』ではない」(「日本共産党研究」)。