『坂の上の雲』(司馬遼太郎)より、日露戦争について考える。

『坂の上の雲5』P60より

「袁世凱の対露観については、児玉は参謀本部が得た諜報によって十分知っていた。それは袁はこの日露戦争によってロシアが勝った場合、ロシアの極東併合の野望はとどまるところを知らないであろうと見、日本に対してきわめて好意的であるということであった。

事実、袁世凱は日本のある武官に対し、『もしロシア帝国が勝てば、シナは消滅するだろう。それゆえに自分は日露開戦のあかつきは極力援助したい』と語ったことがあった」。

 

『坂の上の雲5』P81より

「明石はロシア通だけに、この戦争にロシアが勝てばどうなるかがよくわかっていた。朝鮮半島は、ロシアの領土になるだろう。日本は属邦になることは間違いない。ロシア帝国はその威容を示すために、ヘルシンキでやったと同様、壮大な総督官邸を東京に建てるだろう。さらに太平洋に港をもちたかったというながい願望をはたすために、横須賀港と佐世保港に一大軍港を建設するにちがいない。

憲法は停止し、国会議事堂を高等警察の本部にするに相違なく、さらに幕末以来、ロシアがほしがった対馬を日本海の玄関のまもりにすべく大要塞を築き、島内に政治犯の監獄をつくるであろう。銃殺刑の執行所をもうけるであろう。

いまひとつ、東京には壮麗な建物ができるにちがいない。ロシア帝国はその国教であるギリシャ正教をその軍隊同様、専制の重要な道具にしており、げんにヘルシンキの中央広場にこの異教(フィンランド人にとって)の大殿堂がつくられているように、日比谷公園に東洋一の壮麗な伽藍をつくるであろう。

明石はロシア語をまなんだとき、極東のウラジオストックという町の名は東を征服せよという意味であることを知ったが、運命のしだいではロシア帝国の東が東京になるかもしれないということをおもった」。